てんかん発作はどうして起きるのでしょうか。
てんかんは慢性的な病気で、最初の発作のずっと前から(時には数年以上)、徐々に脳細胞に変化が起きて、
てんかんの震源地、焦点が形成されます。
焦点とは、たとえて言えば、電気の配線がショートしているような箇所です。
普段の漏電は小さく、てんかん波が出ているだけです。
しかし、睡眠不足などの体調不良の時に,大きなショートが起きるとてんかん発作となります。
原因は3つに大別されます。
てんかんというと、遺伝を考える人が多い思いますが、実は遺伝性のてんかんは、余り多くありません。
しかも、大部分は良性で、小児期に発生し、思春期くらいまでに自然に治るのが殆どです。
私は,これまで1500例以上のてんかん手術を手がけてきましたが,同朋や近い親戚に患者さんと同様な
難治てんかんが見られたのは1人だけでした.
てんかんの有病率が100人に1人という現実を考えると,遺伝的要因はきわめて低いと判断できます.
従って、てんかんの最大原因は、脳の形成障害か、脳の古傷と言えます。
胎児期の4-8週くらいの間に、大脳の基本的構造が完成します。
脳の中心から外側に向かって、神経細胞が大移動していきます。
この過程がスムーズにいかないと、いろんなタイプの形成障害が生まれます。
未完成の大脳組織は、強いてんかん波を発生します。
広い意味では、先天性の脳腫瘍、血管腫なども脳の形成障害に含めることができます。
大脳皮質形成障害のすべてがMRIで描出されるわけではありません.
「微小形成障害」と称して,細胞レベルの異常で,脳組織を顕微鏡で見て初めて診断されます.
しかし,この細胞レベルの形成障害が,大脳皮質の広範囲に分布していて,きわめて難治な
てんかんの原因となることが少なくありません.
また,範囲が限定していないことから,外科的治療が困難な場合が多いのも特徴です.
もう一つは、脳の古傷です。
脳の傷というと、小さい頃木から落ちたとか、転んで後頭部を強打したとか、頭部外傷を思い浮かべる人が多いのですが、
実際は外傷が関係する頻度はきわめて低いと思われます。
仮死分娩、脳炎、髄膜炎、はしかや突発性発疹、幼少期の脳の大血管の閉塞、脳外科の手術後、などいろんな原因が挙げられます。
しかし、われわれが手術を行うような難治てんかんの患者さんの半数以上は、はっきりと思い当たる原因がありません。
古い脳損傷も,ウィルス感染などの後遺症ですと,微小形成障害の場合と同様に,MRIでは描出されません.
しかし,顕微鏡で見ると,「グリオーシス」と呼ばれる,脳の古傷に特徴的な反応性変化が見られます.
これは,グリア細胞とよばれる神経細胞を養う栄養細胞が増殖した状態です.
グリア細胞は数多くの突起を出して,グリオーシスが進行すると,脳組織が線維におきかわり硬くなってきます.
MRIで診断がつかないてんかん焦点は,脳組織を顕微鏡で見ることにより、はじめて形成異常型か古傷型かを区別できます。
てんかんの原因をわかりやすく理解していただくために,右のような異常が一目瞭然のMRIを提示しました.
しかし,一般的には,このように焦点部位の異常がMRIでとらえられるのは,むしろまれと考えて下さい.
MRIが正常だからといって,脳のどこにも異常がないということではないのです.
多くの場合,てんかん焦点は細胞レベルの異常で,MRIで描出されない方が一般的なのです.
しかし,適切な脳波検査を施行すれば,大概の場合,焦点の分布が推定されます.
つまり,てんかんの診断には,以下に述べる発作症状と脳波診断が最も重要なのです.
てんかん発作には,いろんなタイプがあります.
大きく分けると,全般発作と部分発作に分けられます.(てんかんの発作症状の詳細は,こちらのページをご参照下さい.)
部分発作とは,体の一部がてんかん発作に巻き込まれる場合で,てんかん焦点がどこにあるかによって症状が異なります.
部分発作の中にも,複雑な様相を呈して,意識障害を伴う場合もあります.
このような発作は,複雑部分発作と呼ばれます.
また,始まりは部分発作でも,全般発作に移行することもあります.
このような場合は,二次性全般発作と呼称されます.
てんかんはある日突然,青天の霹靂ごとく発生します.
子供さんの場合は,てんかん発作が知能の発達に悪影響を及ぼすことがあるので,軽い発作でも
てんかんの専門家により詳しく診てもらうことが必要です.
また,もともと発育の遅れがあり,その後にてんかん発作を起こしてくることもあります.
思春期から老人まで,どの年齢でもてんかん発作は起きてきます.
多くは,睡眠不足が続いたり,ストレスが蓄積した場合などに発症しますが,だからといって
睡眠不足,ストレスがてんかんの原因と言うわけではありません.
いわば,“引き金”のような役割を果たしただけで,"いずれてんかん発作が出現する脳の状態にあった"
と考えるべきです.
成人のてんかん発作の中で,全身けいれん発作はたいがい薬物でコントロールが可能です.
もっとも,あくまでもてんかんの専門家にかかった場合の話です.
(複雑部分発作)
頻度が高くて,薬物の治療に難渋する場合が多いのが,側頭葉起始の複雑部分発作です.
この発作は,1-2分の意識障害があり,本人にはその間の記憶がないので,発作があったことを自覚できない場合もあります.
また,発作の始まりは,転倒発作や全身けいれんで,薬物療法を開始したら,複雑部分発作のみが残ることもあります.
病気の自覚が持てないことから,発作を軽視しがちですが,発作の間,痛みや温度の感覚がなくなる上に,
夢遊病者のように,無意識の行動をとることがありますので,大変危険な発作です.
また,最近のことを記憶する能力が低下したり,怒りっぽくなったり,名前の通りに複雑な症状を伴う発作です.
このてんかん発作は,医者にかかっても,てんかんと診断されないで放置されていることもありますので,
側頭葉てんかんが疑われる場合は,専門家の診断を受け,詳しいアドバイスを受けるのが不可欠です.
→ 側頭葉てんかんについての詳細は,こちらを是非ご覧下さい
(初めての発作)
だれもが一番当惑されるのは,生まれて初めての発作です.
ご本人も家族も,“てんかん”と診断されることに,非常に当惑されます.
まるで,遺伝性の悪い病気と宣告されたように感じます.
しかし,てんかんの中で遺伝性のものは1%程度しかありません.
また,「あなたはてんかん」そして「あなたはてんかんではない」などと,明確に白黒をつけられるものでもありません.
つまり,白と黒の間に,無限の濃淡をもつ灰色の領域があるのです.
たとえば,徹夜をした時に限っててんかん発作を起こす方もいます.
通常の生活を行っている限りはてんかん発作がないわけですから,きわめて白に近い灰色と言えます.
しかし,1回だけの発作でも,きわめて激しい発作で,2度目が起きたらきわめて危険という場合もあります.
また,本当は何度も起きているかも知れれないが,本人が自覚できない複雑部分発作の場合もあります.
複雑部分発作は目立たない発作ですが,事故につながりやすい危険な発作です.
従って,1回の発作でも,専門家の診断を受けて,治療を開始すべきかどうか慎重に検討する必要があります.
てんかんの診断には、てんかん専門の医師にきちんと診てもらう必要があります。
時には,脳腫瘍などの脳の疾患が潜んでいることもありますので,MRIなどの検査を受けることも大切です.
まとめますと,初めてのてんかん発作の場合は,
成人になって、突然にてんかん発作が起きると、大概の方はびっくりします。
でも、てんかんとは、常に突然起きるものなのです。
また、生まれてから死ぬまで、どの年齢でも発生します。
てんかんにかかっている人の割合は、1%、100人に1人ときわめて高率です。
これは、脳の病気の中でもきわめて高率です。
小児期のてんかん発作は,放置すると知的障害につながる場合が多いので,必ず専門家の診断をあおぐ必要があります.
50代以上の高齢でてんかん様の発作が起きた場合は、脳血管障害、心臓病、糖尿病など他の成人の病気と鑑別することが大切です。
最近は,65歳以上の高齢者のてんかんが注目されています.
高齢者のてんかんは,記憶障害を主訴に始まることが多く,認知症と誤診されることが多いので注意が必要です.
また、20歳前後の若い人は、不安神経症といって、てんかんのようにけいれんしたり、意識がもうろうとなったりすることがあります。
急に不安感が襲い、酸素が足りないような気持ちになり、過呼吸から意識がもうろう、けいれんと続くのは、代表的な不安発作で、
過呼吸症候群とも呼ばれます。
てんかんの治療はまず薬物療法を行います。
発作型に応じて、処方する薬の内容が異なります。
また、てんかんの薬は、血液に移行した薬剤の濃度(血中濃度)を測定して、投与量を厳密に決定します。
発作の止まりにくい場合は、血中濃度を治療域の一番高いところまで持って行く必要があります。
てんかんの専門医にかかれば、てんかんを持った患者さんの70-80%は薬剤でコントロールが可能です。
しかし、薬剤の調節は非常に高度の知識と経験が必要ですので、必ずてんかん治療の長い経験をもった専門医にかかって下さい。
患者さんの中には、何年間も薬を飲み続けるのを嫌がる方もいます。
しかし、てんかんという病気は、薬さえ飲んでいれば、病気も進行せず普通の生活を送れる数少ない脳の病気のひとつです。
薬でてんかん発作がコントロールされている方は、これを幸運と考え、怠薬などにより発作を起こさないように心がけ、
前向きに人生を送りましょう。
脳の病気の多くはいくら薬を飲んでも徐々に病気が進行し,最後は大脳機能が廃絶してまうものが少なくなくありません.
その点,成人のてんかんは,自分に合った薬をきちんと服薬していれば,最後まで大脳機能を保ったまま,人生を
全うすることが可能なのです.
(てんかんの薬物療法については,他の章に詳しい説明があります.)
てんかん発作の予防には、日常のライフスタイルがきわめて重要です。
てんかん発作の引き金になりやすいのは、以下のような状態が挙げられます。
怠薬は論外ですが、それ以外の引き金が重ならないように、日常生活を無理のないパターンにしてください。
また、生理に関連して発作が起きやすい方は、ダイアモックスという薬が有効なことが多いので、
試してみると良いでしょう。
側頭葉から起きる複雑部分発作は、発作中は温痛覚などの体の感覚が分からなくなります。
そのため、風呂場での溺死、交通事故など、きわめて危険性の高い発作といえます。
など、日常生活には十分注意しましょう。
なお,車の運転は夜間のみの発作など例外的な場合を除いては,2年以内に発作の既往が1度でもあると
法律上運転は出来ません.
また,2年間発作がない場合も,運転免許の更新や取得時に,医師の診断書が必要です.
この診断書は,免許更新をする警察署や運転免許試験所で「交通安全委員会」から所定の診断書用紙をもらい受け
これを担当の医師に持っていって記載してもらう必要があります.
薬でてんかんが止まらないときは、外科的治療を検討するという選択肢があります。
すべてのてんかんに対して手術が可能なわけではありませんが、最近の技術の進歩により、
かなりのてんかん発作が手術可能となってきました。
特に、側頭葉てんかん、転倒発作などは手術の効果が高いので知られています。
従来は,側頭葉てんかんの手術後に記憶力の障害が出現する後遺症が恐れられていましたが,
最近は,海馬多切術という新しい手術法で後遺症を予防することが可能になりました.
全般的に,手術で後遺症が出現する割合はきわめて低く,手術そのものの安全性も
脳腫瘍などの他の脳外科手術と比較しても,統計的にはるかに安全なデータが出ています.
一般に脳外科手術というと、高額の金額が必要と思われるかもしれませんが、実際は高額療養費還付制度があって、
食事代も含めて一ヶ月15万円以下で収まります。
課税額の低い方は,さらに低額の治療費ですみます.
しかし,てんかんの手術は、非常に専門的な手術なので、手術経験の多い医師を選択して下さい。
また,薬物療法で発作がコントロールされている方は,特別な理由がないかぎりは,手術の対象とはなりません.
てんかんの薬物療法を外来で受けている患者さんは、「自立支援(精神通院)」という制度で、
収入に応じた医療費の控除を受けることができます。
保険で支払う外来の医療費が1割負担となり,かつ収入に応じた支払いの最高限度額が決まっていますので,
経済的負担がかなり軽減されます.
収入が極端に少ない方は,てんかん治療に関する費用は,薬代も含めて無料となることもあります.
市区町村の役所に行き,「福祉課」(「障害福祉課」,「しょうがい福祉課」など)で「自立支援(精神通院)の診断書」をもらって下さい.
これをかかりつけの医師の所に持って行き,診断書に必要事項を記入してもらいます.
都内23区では,保健センターが事務を代行しています.
診断書は自費で2000-5000円程度かかりますが,その後のメリットを考えると決して高くはありません.
この診断書を提出すると,自立支援の受給者証が送付されてきますが,診断書を提出した時点で即座に有効となりますので,
診断書を提出以降の外来診察費と薬代は共に1割となります.
長期にわたって薬物療法が必要なてんかんの場合,診察代,検査費も含めて治療費が三分の一になることは非常な節約となります.
ただし,てんかんと関係のない薬物,たとえば風邪薬などをついでに処方してもらう場合は,自立支援の対象外で
これまで通り,このような薬に限っては3割負担となります.
また,この制度を利用するには,指定自立支援医療機関にかかる必要があります.
発作が止まらず、就職も困難な方は、「精神障害者年金」の支給を受けることができます。
重症度に応じて,級が決定されますが,1-2級の方は,級に応じて年間80万円前後の給付金が支給されますので,
経済的にはかなり負担が軽減されます.
しかし、これまで年金の支払いを怠っていた方には受給資格がありませんのでご注意下さい。
年金の資格がない人でも、「精神障害者手帳」を請求することはできます。
1級から3級までの等級があり、級に応じた免税、交通機関や公的施設の無料利用などいくつかの特典があります。
また、ハローワークで障害者枠の就職を捜すこともできます。
このように,てんかんに対する各種の法的援助制度がありますが,誰もこのことを教えてくれるわけではありません.
ご自分で十分に研究されて,利用できる法的制度はなるべく活用することが大切です.
文責 清水弘之 (日本てんかん学会専門医・指導医)
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