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側頭葉から起きる複雑部分発作

てんかん発作の前触れとして起きる症状を前兆と呼びます。
側頭葉から起きる複雑部分発作はいろいろな前兆を伴うことが知られています。
代表的なものは、みぞおちからこみ上げてくる不快感、吐き気です。
上腹部の不快感以外にも、気が遠くなりそうな感じ、恐怖感、不安感、何となく発作が起きそうな気分、決まった光景が頭に浮かぶ、なんとも言えないいやな臭いがする、視野の半分に光がチカチカする、キーンという高音性の耳鳴りがする、など実に多彩な前兆があります。
前兆は患者さんが記憶できるので、後で発作があったことを知ることができます。
最もやっかいなのは前兆を全く欠いた発作です。
側頭葉てんかんの場合、患者さんが発作の内容を記憶できないのが特徴ですから、前兆がない場合、発作があったことすら認識できません。
発作の内容を記憶していないことから、側頭葉から起きる複雑部分発作の特徴の一つに、患者さんの発作に対する自覚が少ないことも重要な特徴の一つとなります。

発作
前兆に続いて、患者さんは一点を凝視し発作に入っていきます。
虚空の凝視に続いて、自動症と呼ばれる無意味な動作が反復されます。
側頭葉てんかんで最も特徴的な自動症は、

患者さんは、発作が終わったときに、自分のいる場所が知らないうちに変化しているので、発作が起きたことを自覚する場合があります。
側頭葉の複雑部分発作の最大の特徴は、このように患者さん自身が発作の内容を全く記憶していないことです。
発作中に名前を呼ぶと返事をしたりするので、少し意識があるように見えますが、実際は周囲の世界から完全に遮断されています。
原因不明の自動車事故を繰り返す人を調べてみたら、側頭葉てんかんが原因であったこともあります。
発作の最中は、ガスコンロの炎に手があたっていても、熱湯が体にかかっても全く気がつきません。
そのため、発作により火傷をしたり、時には風呂場で溺れたりなどの悲劇につながることが少なくありません。
このように、側頭葉から始まる複雑部分発作は、最も事故につながる可能性の高い危険な発作型です。

精神症状
側頭葉てんかんのもうひとつ重要な症状として、性格変化を伴うことがあります。
特に発作が起きる直前になってくると、いらいらが強くなったり、非常に攻撃的性格になったりします。
多くの場合、攻撃の対象は、母親などの身内に向かう場合が多いようですが、時には他人や動物などに向かうこともあります。
他人の気持ちを理解することが困難になり、ちょっとしたことにも攻撃的に反応するので、学童期だと急に友達が離れていきます。
攻撃性の他に、物事の細かなことにこだわる粘着的な性格を伴うことも見受けられます。

攻撃性や粘着性は、側頭葉てんかん患者の代表的な性格ですが、これはあくまで病気に付随して生じたもので、手術で発作が治癒しますと、このような性格面の問題も解消し、その人本来の性格に戻ります。
側頭葉てんかんに特有な攻撃性や粘着性はかなりの割合の患者さんに見られますが、中には全く性格変化を伴わず、きわめてさわやかな感情の持ち主もいます。
脳の同じ場所から起きる病気で、どうしてこのような個人差が生じるのか、きわめて不思議なことです。
攻撃性や粘着性以外に、気分が滅入るなどのうつ病的症状、被害妄想、突然人の声が聞こえるなどの幻覚をともなう統合失調症的症状が、少数の患者さんに合併します。

外科的治療
側頭葉の複雑部分発作分発作は外科的治療が有効なので知られています。
側頭葉切除術と呼ばれる手術法は、1950年代に開発された歴史のある手術法です。
最近では、手術用顕微鏡を使用して、てんかん焦点だけをなるべく選択的に切除する方法が用いられています。
てんかん焦点の中心となるのは、海馬と呼ばれる記憶に関連する脳の組織です。
特に、左側の海馬が記憶に密接に関連しています。
手術前のMRI検査で、海馬が強く萎縮している場合は、左側でも安全に切除することができます。

しかし、海馬の萎縮がない場合は、左側の海馬の切除により記憶力が低下します。
この記憶低下は、時間が経過してもなかなか回復せず、日常生活にかなりの支障を来すことになります。
この問題を解決するために、私どもの施設では、左側の萎縮していない海馬に対しては、切除の代わりに海馬にMSTを施すことにより、記憶機能を温存したままてんかん発作を止める方法を用いています (記憶を温存する側頭葉手術法)

海馬を切除しても海馬にMSTを適用しても、手術成績はきわめて良好です。
少なく見積もっても70%の人で完全に発作が止まります。
片側だけが焦点で、焦点の場所が側頭葉に限局している場合は、90%くらいの高率で、手術後発作が消失します。
発作が手術によりコントロールされますと、手術前にみられていた攻撃性などの性格変化も大幅に改善します。
従って、抗てんかん薬で発作がコントロールされない方は、外科的治療の可能性を検討することがきわめて大切です。

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文責 清水弘之 (日本てんかん学会専門医・指導医)


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