迷走神経は、左右12対ある脳神経の一つで、10番目にあたります。
脳のいろんな箇所と、心臓、胃、腸管、声帯などの各種臓器と連絡しています。
きわめて太い神経で、頸部では総頸動脈と内頚静脈の間を走っています。
迷走神経は、自律神経で、副交感神経として機能します。
昔からの動物実験で、てんかん発作を誘発した動物で、迷走神経を電気刺激すると、
てんかん発作が減弱したり、止まったりすることが知られていました。
この原理を応用して、首の迷走神経に電極線を巻き付け、定期的に電気刺激を送ることで、
てんかん発作を改善する試みが1950年代の初めから、臨床的に試みられるようになりました。
刺激に用いる電気の強度、周波数などについて臨床実験が繰り返され、最終的に迷走神経刺激の治療法が確立しました。
実際の治療に当たっては、左頸部で、迷走神経刺激に電極線(リード線)を巻き付けます。
迷走神経は、総頸動脈と内頚静脈の間を走っています。
この神経を損傷しないようにリード線を巻き付けるのは、かなり細かな操作です。
そのため、頸部の操作は手術用顕微鏡下に行われるのが一般的です。
リード線の先端は、プラスとマイナス、に分かれています。
迷走神経にリード線を取り付けるリード線には、プラスとマイナスのリード線、及びアンカーと呼ばれる
固定用のリード線の3種類があります(図ではプラスとマイナスのリード線のみ示してあります)。
左側の迷走神経を使用すると、電気刺激を送った場合に、心臓の脈が遅くなる副作用が防げます。
迷走神経に固定したリード線を、鎖骨の皮下に埋め込んだ装置と連結します。
胸部の刺激発生装置は、ジェネレーターと呼ばれます。
この装置には、電流の強さ、刺激頻度、刺激の休止時間などがプログラムされており、
外からコンピューターを使用して、いつでも刺激条件を変更することが可能です。
このようなシステムをNCP(neurocybernetic prosthesis 神経自動制御装具)と呼んでいます。
迷走神経刺激のことをNCPと呼ぶことがあるのは、ここに由来しています。
手術後1週間くらいして、手術創が落ち着いた頃から刺激を開始します。
通常は、30秒刺激して5分休止するなどのように、間隔を置いて刺激を反復します。
迷走神経は声帯も支配していますので、電気刺激が強すぎるとしわがれ声になったり、
激しくむせこんだりします。
理想的な刺激は、電気刺激がきているかどうか本人が自覚できないぎりぎりの強さです。
また、電気刺激には、通常の刺激の他に、臨時の電気刺激もセットできます。
この刺激条件だけ、少し強くしておくことも可能です。
複雑部分発作で前兆がある方は、前兆を感じたときに臨時刺激を発生させれば、てんかん発作を
回避できる可能性があるわけです。
臨時刺激を送るには、胸部のジェネレーターに皮膚の上から磁石を当てます。
従って、常に磁石を携帯して、必要に応じて使用することになります。
また、滅多に起きることではありませんが、装置の不具合で異常に強い電気刺激が発生したときには
磁石を胸に押し当てたままにしておくと、一切の刺激を中止することができます。
実際には,装置を埋め込んだら,1-2ヵ月ごとに徐々に刺激条件を上げていきます.
徐々に強い刺激に体を慣らし,耐えられる最大限の所まで,刺激条件を高めます.
迷走神経刺激の効果は、使用した全患者の平均で、発作の抑制率が30-40%です。
予想以上に刺激効果が低いと感じられるかも知れませんが、抗てんかん薬と比較すれば、
同等かそれ以上の効果とも言えます。
日本で、臨床治験として迷走神経刺激の手術が1993年から1997年までの約5年間に30例が施行されました。
私たちの施設で半数の15例を施行し、現在まで患者さんをの経過を追跡しています。
その結果では、欧米で報告されているよりは刺激効果は良好で、40%以上の患者さんでかなりの改善効果が認められました。
迷走神経刺激の効果で特異的なことは、一般に痛みなどに対する電気刺激は、時間と共に
“馴れ”の現象が起きてきて、刺激効果が減弱するのが通常です。
ところが、迷走神経刺激のばあいは、刺激期間が長くなればなるほど、かえって刺激効果が高まる現象がみられることです。
私たちの経験でも、刺激開始6ヶ月後と1年後を比較しますと、1年後の方がはるかに良好な効果が認められています。
最近の論文では、刺激開始から6-7年経過すると、発作の改善率が60-70%くらいまで上昇することが報告されています。
このように,刺激期間が長くなるほど効果が高まるのも本法の重要な特色です.
迷走神経刺激の主たる目的は、当然てんかん発作の抑制にあります。
ところが、海外の報告では、小児にこの治療法を行うと、たとえてんかん発作が十分に抑制されなくても
QOL(quality of life,生活の質)が向上することがわかってきました。
この機序については、正確なことは分かっていませんが、継続的に脳に刺激が加えられることが
脳に対してプラスの影響を与えていることは間違いありません。
私の考えでは、迷走神経は脳を賦活させる脳幹網様体と密接なつながりがあるので、迷走神経刺激により
脳幹網様体が刺激を受け、脳の覚醒レベルが向上するのではないかと推測しています。
事実、動物実験で、脳幹網様体を刺激するとてんかん発作が抑制され、逆にこの部位を冷却などにより抑制すると
てんかん発作が活発化することが示されています。
日本では、迷走神経刺激の導入が世界でも極端に遅れましたが、やっと2010年の5月に、正式に医学療法として
保険の認可が下りました。
その後の,手術資格施設の検討など各種の準備段階を経て2010年の秋から迷走神経刺激の手術が,
本格的に行われるようになりました.
現在,迷走神経刺激術が施行できる病院は,日頃,てんかん外科を行っており,なおかつてんかん学会専門医の
脳外科医がいる施設に限られています.
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