てんかんと車の運転
最近てんかんを持った患者さんによる交通事故がしばしば報道されています。
原因は運転中にてんかん発作を起こして、車が交差点や踏切に突っ込んだりするものがほとんどです。
このために、てんかんを持っている方はみんな交通事故を起こす可能性があると誤解されています。
実際は、てんかん発作にはいろんなタイプが有り、交通事故の原因のほとんどが側頭葉てんかんであることはあまり知られていません。
側頭葉てんかんとはどんなものなのでしょうか。
また、側頭葉てんかんがどうして事故を起こしやすいのでしょう。
この理由を知るためには次の二点について知っておくことが必要です。
1. 側頭葉てんかんでは、発作の最中に無意識に行動する。
2. しかも、自分が発作を起こしたことを自覚しないこともある。
このような特殊な発作は複雑部分発作と呼ばれるもので、他のてんかん発作には見られない側頭葉てんかん独特のものです。
複雑部分発作のメカニズム
側頭葉てんかんでは、てんかん焦点の主体は海馬(かいば)にあります。
海馬は、側頭葉の内側にある下角と呼ばれる脳室(髄液を蓄えた空洞)の床を形成しています。その形が、前が頭のように大きく、後方に行くにつれて胴体、尾と細くなっていくので、
形状がタツノオトシゴ(sea horse)に似ていることから、海馬と呼ばれます。
海馬の機能は記憶に関係しています。
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海馬は側頭葉の内側の深部に存在する
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特に最近の出来事を記憶するのに海馬が大事役割を果たしています。
海馬は脳の中でも最も傷つきやすい箇所で、仮死分娩、脳炎、外傷、脳循環障害などで容易に傷跡が残ります。
この古い傷跡から、数年、あるいはもっと多くの年数を経ててんかん発作が起きるようになります。
この時起きる発作はきわめて特徴的で、患者さんは虚空を見つめ、時に顔色が青くなり、
口をペチャペチャさせたり、手をモゾモゾさせたり、あるいは無意味に歩き回ったりします。
この時間は1-2分と比較的短いものですが、本人は全く自覚がないだけでなく、痛いとか熱いとかの温痛覚を失ってしまいます。
この無意味な行動が自動症と呼ばれるものですが、時には同じ動作をそのまま継続することもあります。
したがって、車を運転していると、そのままハンドルを握って運転を継続するのです。
しかし、「意識減損」と呼ばれる夢遊病者の状態ですので、半分は状況に対応し、半分は対応がいい加減という状況になります。
小学生が遠足の途中で、独りだけ違う方向に歩き始めて、側頭葉てんかんが発見されることもあります。
また、生徒が学校に行く途中の道で複雑部分発作を起こし、気がついたら教室の自分の席に座っていたなどということもあります。
もし、運転の途中でこのような発作が起きると、運転をそのまま継続し、信号で止まることもありますし、
前から来た車をよけることもあります。
しかし、判断が完全ではありませんから、急にアクセルを踏み込んでスピードを上げるかも知れませんし、
赤信号に突入することもあり得るわけです。
京都で起きた不幸な交通事故で7人もの方がお亡くなりになりましたが、運転者の行動が時に意識があるように見えたのは、
複雑部分発作という特殊な発作のためなのです。
その状況を理解しないで殺人者に仕立て上げられて、家宅捜査までする警察側の医学的知識の貧困さ悲しみと憤りを覚えたのは私だけではないと思います。
複雑部分発作は自覚できない
側頭葉てんかんの最も困難な点は、患者さん自身で発作が合ったことを自覚できないことが多いことです。
発作の前に前兆と呼ばれる前触れがある場合もあります。
前触れとしては、こみ上げるような上腹部の不快感、ふわーっと倒れるようなめまい感、懐かしい景色が目に浮かぶデジャビュー、恐怖や不安感、嫌な臭い、鳥肌が立つ、などなど実に多彩です。
このような前兆のある方は、前兆までは記憶に残るので、後で発作が合ったことを自覚できます。
また、発作の後で、自分のいた場所が変わっていたり、時間が知らないうちに経過しているとか、独特な何か変な感じから、
発作が合ったことを探知出来る場合もあります。
しかし、このように発作が合ったのを自覚できるのは側頭葉てんかんを持った患者さんの半数に満たないかも知れません。
しかも、発作が合ったことを自覚できた場合でも、「ほんの一瞬」意識が飛ぶ様に自覚する方が大半です。
以上のような理由で、複雑部分発作は本人に自覚されにくく、また自覚された場合でも、きわめて軽微な発作として認識されてしまうのです。
車の運転以外にも危険な複雑部分発作
風呂場
複雑部分発作の危険なところは、無自覚な動作を継続し、その自覚がないだけでなく、温痛覚の感覚がなくなってしまうことです。
そのため、入浴が大変危険です。
てんかん発作は疲労の後のホットした時に出やすい特徴があります。
また、「入浴てんかん」や「熱性けいれん」などの言葉で知られるように、脳は温まると発作を起こしやすくなります。
複雑部分発作は持続時間は1-2分程度ですが、この間、お風呂に沈んでお湯を飲み続けると溺死するには十分な時間となります。
この短時間の間に起こる悲劇は、ふだん発作頻度があまり高くない人に逆に起こりやすいので、
いくら注意しても注意しすぎることはないでしょう。
スーパーマーケット
スーパーやコンビニが側頭葉てんかんには危険だと書くと、何のことか不思議に思われるかも知れません。
実は買い物の途中で発作が起きると、品物を持ったままレジを通らずに外に出て行くことがあるのです。
病気のことを知らない人には、これは万引き行為に見られても仕方がありません。
呼び止められて、発作から覚めて、「イヤ気がつきませんでした」と言い訳して、事態を理解してもらうのは至難の業です。
社会的地位のある方がこのようなトラブルに巻き込まれ、時には裁判沙汰になったりすることもあります。
発作が完全にコントロールされていない時は、買い物は家族の方と一緒に行かれるのが安全かも知れません
駅のホームや階段
このような場所も危険に満ちています。
駅のホームに立つ時は、なるべく線路側から離れて立つような心がけが大切です。
また、駅の階段、自宅の階段などで発作を起こすと転落事故につながります。
気を張っている時は比較的発作は起きにくいのですが、睡眠不足の時や、一仕事終えてホットした時などは、
思わぬ場所で発作を起こすことがあるので、十分な警戒が必要となります。
てんかんと運転免許
てんかんがあるからといって運転できないわけではありません。
2002年6月に道路交通法が改訂され、てんかんを持つ人でも、以下の条件を満たせば公安委員会により運転が許可されます。
・過去5年以内に発作がなく、今後発作が起こるおそれがない人
・過去2年以内に発作がなく、今後×年程度であれば、発作が起こるおそれがない人。
(×年後に医師による適性検査が必要)
・医師が2年以上経過観察をし、発作が睡眠中に限って起こり、今後症状の悪化のおそれがない人。
・医師が1年間の経過観察の後「発作が意識障害および運動障害を伴わない単純部分発作にかぎられ、今後、症状の悪化の
おそれがない」旨の診断を行った場合。
運転免許更新の場合は、公安委員会の診断書をもらい、医師に書いてもらって提出すれば、運転の許可が得られます。
しかし、上記の条件を満たしていないと、免許停止になったり、時には運転免許の取り上げということもあります。
免許の取り上げはきわめて乱暴な裁定で、良心的に報告したら、免許を取り上げられたらたまったものではありません。
特に、現在の法律では、免許更新時に報告義務が法制化されて違反すると罰則があるわけでもありません。
この辺の状況について、法整備を急ぐとともに、公安委員会の判断にも、患者さん側にたった裁定が望まれます。
現在、運転に危険な状態であれば、×年後まで運転は無許可という判断で十分ではないでしょうか。
もし、その裁定を無視した場合に限り、運転免許の取り上げが妥当かと私は思います。
なぜなら、運転をしないと決めている患者さんで、身分証明書代わりに運転免許証を使っている現状があるわけですから。
→ 側頭葉てんかんの症状、治療法などの詳細はこちらをご参照下さい
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文責 清水弘之 (日本てんかん学会専門医・指導医)
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