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てんかんと妊娠

てんかんを持った患者さんは妊娠できないとあきらめている方が少なくありません。
しかし、実際は多くの女性が抗てんかん薬を服用していても妊娠が可能です。
しかし、そのためには、前もって周到な準備が必要です。
生理が止まってから、「妊娠したようだがどうしたらよいか」といって来院される方がおられますが、 これは大変危険なことです。
以下に、まずてんかん患者さんの妊娠の原則について列挙した後に、詳細について解説します。

妊娠に必要な基本的知識
・てんかんの大部分は基本的には明確な遺伝関係は確立されていない
・抗てんかん薬を服用していて問題になるのは女性だけで、男性は無関係
・過去にどんなに多剤を長期間服用していても、妊娠前に調整すれば大丈夫
・妊娠に備えて、葉酸を服用する方が安全である。
・抗てんかん薬は出来れば単剤で、血中濃度は低いほど安全である。
・抗てんかん薬が胎児に影響を与えるのは、妊娠初期の12週間が最も重要である
・12週を経過したら、抗てんかん薬を強化して、てんかん発作を起きないようにすることの方が大切である。
・出産1週間前からビタミンK (ケイツー)を服用すると、ビタミンK不足による新生児出血を予防できる。
・出産に際しては、産科医と脳外科医または神経内科医が連携して、てんかん発作に備えて対応できる準備しておくのが安全。
・大量に抗てんかん薬を服用していない限りは、母乳の投与は通常は安全である

解説
抗てんかん薬を服用していない一般の胎児奇形発生率は2-4%である。
これが、抗てんかん薬を服用している妊婦の場合は、一剤ごとに危険率が倍になると言われている。
この数字を見ると、抗てんかん薬を服用中の妊婦が、何らかの奇形を持った子供を産む可能性が高いのに驚かれるかも知れない。
しかし、これはあくまでも一般的な数字で有り、妊娠に備えて周到な準備をすれば、奇形発生率を 抗てんかん薬を服用していない場合の危険率に限りなく近づけることが可能である。
たとえば、比較的安全の高い新薬を含めた最近の英国の統計では、 多剤服用の妊婦の危険性は6.0%、単剤の場合は3.7%、抗てんかん薬を服用していない場合は、3.5%と 上手に薬を調整すれば、全く薬を服用していない人と危険率がほとんど変わらないことが分かる。

妊娠前の準備
妊娠に備えてまず大切なことは抗てんかん薬の整理と選択である。
原則は抗てんかん薬をできる限り単剤にすること。
抗てんかん薬により催奇性(胎児に奇形を発生する可能性)が異なるので、 できる限り安全な薬剤を選択するのが望ましいことは言うまでもない。
たとえば、1992年の北米の集計データでは、バルプロ酸(デパケン、セレニカなど)の単剤では9.3%の危険性が報告されている。
それ以外の従来型の抗てんかん薬では、フェノバルビタール5.5%、カルバマゼピン(テグレトール)3.0%、フェニトイン(アレビアチン)2.9%となっている。
このように、バルプロ酸の危険率が最も高く、二分脊椎以外に尿道下裂、心臓奇形、口蓋裂などの奇形との関連も知られており、 可能であれば避けることが望ましい。
どうしても使用せざるを得ない時は、できる限り低用量として血中濃度を低めにすることが重要である。
これまでの報告では、催奇形性が低いのはバルプロ酸の投与量が1000mg以下、血中濃度が70μg/ml以下となっている。
これらの従来の薬剤に対して、最近登場してきたラミクタールやイーケプラなどの新薬は、危険性が低いことが確認されている。
特に、ラモトリジン(ラミクタール)はかなりのデータが集積されているが、服薬による妊婦の危険性は2.0%ときわめて低い。
レベチラセタム(イーケプラ)は確認された範囲のデータでは、ラモトリジンにほぼ匹敵する2.4%の危険率である。
最近の報告では、レベチラセタムの方が催奇形性のリスクが低いとの報告もあり、両者はともに安全性が高いと 考えてよいであろう。
この中で、トピラマート(トピナ)は4.2%とやや高く、兎唇の奇形発生率が高いことが報告されている。
新薬に関しては、データの集積がまだ十分ではないが、従来の薬剤より安全である場合が多いといえる。
しかし、薬剤の選択にあたっては、てんかん発作がコントロールされることが最も肝腎であり、 催奇性を示す数字だけを根拠に単純に選択することは出来ない。
薬の副作用の問題もあり、ラモトリジンのように薬疹の発現率の高い薬は、体質的に服用できない人も少なくない。
抗てんかん薬の危険性を出来るだけ緩和する目的で葉酸をあらかじめ服用することも大切である。
葉酸は細胞分裂を円滑にする作用がある。
脊椎二分裂などの奇形は受胎直後の時期に関連しているので、妊娠の可能性のある女性は、 妊娠する前から葉酸の服用を開始する必要がある。
葉酸はきわめて少量の服用で十分であり、フォリアミンという葉酸製剤(5mg)を一日1錠飲めば十分な効果が得られることがデータ上証明されている。

妊娠から出産まで
さて、上のような対策を講じて、無事に妊娠した場合を考えてみよう。
妊娠中で最も注意が必要なのは受胎後12週(妊娠40週の最初の1/3の期間)までである。
この間に胎児の基本的な器官は形成されるので、抗てんかん薬だけでなく、他の薬剤の服用も この期間は避けることが望ましい。
13週から出産までは、考え方を切り替えて、できる限り発作が起きないように、 逆に抗てんかん薬を強化する必要がある。
胎児の発達と共に体重増加など母体も変化していくので、血中濃度を測定しながら、 抗てんかん薬の種類と量を適切に調整していくことが望まれる。
妊娠中の抗てんかん薬の濃度低下は、特に新薬で著しくて、ラモトリジン 50-60%、イーケプラ 40-60%、 トピラマート 30-40%の低下が報告されている。
したがって、妊娠中は血中濃度の測定を頻回に行って、発作を予防する必要がある。
一方、従来の抗てんかん薬の代表であるカルバマゼピン(テグレトール)では、このような低下は見られない (Epilepsy Behav. 2014 Apr;33:49-53)。
ちなみに、上述の北米の集計では、妊娠中のてんかん発作はバルプロ酸服用中で23%、ラモトリジンで31%となっている。
このことから理解できるように、いくら催奇性の低い薬剤を選択しても、てんかん発作のために 胎児に悪影響が及んでしまったら意味がない。
催奇形性の少ない新規抗てんかん薬を服用する場合は、きめの細かい血中濃度のチェックを行って、妊娠中の てんかん発作を予防することが大切である。
妊娠末期になったら、出産予定日の1ヵ月くらい前からビタミンKを服用する。
これは、新生児出血の予防が目的で、特に酵素誘導作用のある抗てんかん薬(カルバマゼピン、フェニトイン、フェノバール)
などを服用している場合はビタミンkの服用は必須である。
通常は、ビタミンK (ケイツー20mg)を分娩前、1週間服用すればよい。

出産から授乳まで
出産に際しては産科医と脳外科医または神経内科医が提携して、 万が一てんかん発作が起きた場合に対処できるように準備しておく必要がある。
抗てんかん薬を服用していると母乳の投与をためらう産婦人科医が多いが、 通常の抗てんかん薬の服用量の場合は、母乳の投与は安全と考えて良い。
ラモトリジンは母乳への移行率が高いと言われているが、それでも胎児の血中濃度が 危険なほど上昇することは比較的少ない。
2007年のTomsonらの報告では、新生児のラモトリジンの血中濃度は母親の血中濃度の大体13%程度である。
しかし、フェノバルビタール、プリミドンの場合は比較的母乳から乳児への移行率が高いので、 母親の血中濃度が非常に高い場合は、最初の1週間は母乳を控えるのが安全である。
判断に迷う場合は、新生児の血中濃度を測定するのが一番確実である。
一般的には、乳児にsleeping babyのような徴候が見られなければ、母乳は安全と考えて良い。
子供を育てる間は、母親はストレスもあり睡眠不足になりがちなので、 てんかん発作を起こさないように、十分な注意が必要となる。

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文責 清水弘之 (日本てんかん学会専門医・指導医)


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