漢方治療
漢方とは
漢方は、頭痛、腰痛をはじめとする慢性疼痛、冷え性、更年期障害、アレルギー、いろいろな精神症状など、きわめて広い範囲の疾患や症状が治療対象となりますが、漢方治療の実際をご存じですか。
まず、漢方薬とは何か、という説明から入りましょう。
漢方薬は、民間薬などとは異なり、種々の生薬を巧みに組み合わせて出来ています。
生薬とは、大部分が植物の根や、実などを乾燥させたものです。
たとえば、風邪薬で有名な葛根湯(カッコントウ)という漢方薬があります。
葛根湯は、葛根(かっこん)、麻黄(まおう)、桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)、大棗(だいそう)、生姜(しょうきょう)、甘草(かんぞう)の8つの生薬から構成されています。
また、最近、新型ウィルスの治療で注目されている麻黄湯(マオウトウ)は、麻黄(まおう)、桂枝(けいし)、杏仁(きょうにん)、甘草(かんぞう)の4種類から成っています。
漢方は、このように“生薬のカクテル”と考えていただけば、わかりやすいと思います。
漢方を勉強していくと、この生薬の組み合わせがきわめて絶妙であるのに驚嘆します。
漢方の原典は「傷寒論(しょうかんろん)」と「金匱要略(きんきようりゃく)」です。後漢の時代(25〜250 A.D.)に張仲景(ちょうちゅうけい、150-219)なる人物が著した書物ですが、張仲景がすべての漢方薬を考え出したわけではなく、それまでに中国に広く行き渡っていた民間の治療法を書物にまとめたと言われています。
傷寒論と金匱要略に編纂されている薬物が漢方のすべてではありません。後漢以降も、いろいろな種類の漢方薬が開発されてきました。
傷寒論を重んじる立場を取る人を古方派(こほうは)と称します。古方の特徴は、構成生薬の種類が比較的少ないことにあります。
これに対して、傷寒論以降に開発された薬方を重んじるグループを後世方派(ごせいほうは)と称します。
後世方は構成生薬の種類が多いのが特徴で、たとえば皮膚疾患や蓄膿などに使用する荊芥連翹湯(ケイガイレンギョウトウ)は17種類の生薬で構成されています。
古方と後世方のどちらかが勝っているといわけではなく、両方とも効果があります。ただ、古方の漢方薬の方が生薬の個々の役割が理解しやすいし、構成生薬の一部を増量したり、別の生薬を加えたりなどの個々の患者さんに適した微調整の余地が高いと言えます。
漢方はどのような病気に有効か
基本的には、漢方はどのような病気や症状にも対処することができます。その理由は、西洋医学が病名処方であるために、病名や症状によっては、対処のしようがない場合があるからです。
これに対して、漢方は、病名や症状の如何に関わらず、患者さんの病態をできる限りバランスのとれた状態にもっていくという理念に基づいていますので、極端な場合、病名や症状は二の次になるともいえるのです。
つまり、体が整えば、自然にそれに伴う症状も霧散するということになります。
漢方というと、慢性的な処方、体質改善が主体と考えられる方が多いですが、実はきわめて即効性の漢方も少なくありません。この場合は、患者さんの体質(症)、気・血・水のバランス、それに症状も加味して処方されることが多くなります。
急性の症状としては、
風邪
インフルエンザ
花粉症
頭痛
腰下肢痛
腹痛
など、通常の急性症状に対処する漢方薬はたくさんあります。
風邪薬一つをとっても、比較的体力のある方、体力が低下している方、高齢者、風邪の初期と後半、風邪に気鬱が伴う場合、など多様な漢方薬があります。
また、咳症状一つをとっても、空咳か、痰を伴うか、痰の性状はどうかなどにより、また細やかに分かれています。
慢性疾患に使用する漢方は限りなくあります。
一般的に漢方は女性にやさしいといわれていて、対象が女性を主とする漢方が多くあります。
また、加齢と共にいろいろな体の不具合を来しますが、そのような場合にも漢方は最適です。
以下、漢方が有効な慢性的症状を記します。
更年期症状
便秘
夜間頻尿
冷え性
性欲低下
下肢痛
腰痛
むくみ
めまい
とにかく慢性的な症状は、一度は漢方を試みる価値があります。
漢方そのものは、多くは草木の根などから作られていて、比較的作用はマイルドです。しかし、カギとカギ穴のように、一端自分に適した漢方が見つかると、驚くほどの効力を発揮します。一度服用して効果がないからといって諦めるのはもったいないと思います。
自分にあった漢方を発見するのは、人生における予期伴侶を見つけたのに匹敵するほど価値のあることです。
てんかん治療
清水クリニックの特徴として、漢方をてんかんの治療にも利用しています。
漢方でてんかんが治療できるのかと、驚かれる方もいらっしゃるかもしれません。
てんかん発作が直接漢方で治療できるのは、高齢者のてんかんなど、比較的軽症の方に限定されます。
しかし、てんかんに伴う種々の症状に、漢方は非常に威力を発揮します。
漢方によるてんかん治療の治療は、別の項に詳しく述べてありますので是非お読みになってください。
漢方の診断と投薬法
西洋薬の基本は病名に基づく処方です。風邪薬、鎮痛薬、降圧剤など、病名に応じて処方をします。
これに対して、漢方では患者さんの体質(虚実)、気・血・水のバランス、病勢、舌・脈・腹の証などの漢方的診断根拠に基づいて薬が選択されます。
したがって、一つの薬がいろんな症状や病気に投与されることになります。極端な例として、真武湯という漢方薬は、虚証で冷え体質の方のめまいなどによく用いられますが、証が合っていれば高血圧でも低血圧でも投与されます。
もちろん、漢方でも病名処方がされる場合もあります。
たとえば、花粉症に小青竜湯などが用いられるのは皆様もご存じかも知れません。
しかし、病名処方が行われる場合でも、患者さんの体の状態(証)に合致している必要があります。
風邪に用いる葛根湯は中間証から実証の患者さんに適しており、虚証の場合は桂枝湯などが第一選択薬になるといった具合です。
漢方の利点
西洋薬の場合は、病名処方ですので、いろいろな症状がある場合、それぞれの症状に対する薬を服用すると、薬の数が非常に増えてしまいます。
大量の薬のために、また胃の調子が悪くなったり、クスリの相互作用による予期せぬ副作用が出たりと、まるで破れ障子を張るような事態になってしまいます。
それに対して漢方は、患者さんの体の全体像を把握することに主眼をおきますので、いろいろな症状が同じ根源に由来していることが漢方学的診断で明らかになることがしばしばあります。
したがって、適切な漢方薬が処方されると、体の冷えがとれ、同時に腹痛や腰痛もしなくなったなど、いくつかの症状が同時に解決されます。
年齢が高くなるにつれ、足腰が痛いとか、めまいがするとか、いろんな症状が重なりやすくなります。これらの症状の一つ一つを病名処方的に西洋薬で対処するのは賢明ではありません。多くの薬剤により、かえって調子が悪くなるのが落ちです。
高齢者に適した漢方薬は多くあります。全身状態を漢方学的診断で的確に判断すれば、一つか二つの漢方薬で症状が霧散することは珍しくありません。
文責 清水弘之 (日本てんかん学会専門医・指導医)
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