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高齢者のてんかん (認知症との鑑別)

最近は60歳以上の高齢者のてんかんの増加が注目されています。
高齢者のてんかんとは、60歳以上の高齢になっててんかんを発症した方のことを指します。
てんかんを持った患者さんが、年月とともに年齢を重ねて、高齢になった場合は少し意味が異なります。
下の図を見ていただくと、高齢者のてんかんが、乳幼児に負けないくらい増加しているのが分かります。
高齢者のてんかんで最も問題になるのは、認知症との鑑別です。
ともに物忘れが強く、さらに性格が攻撃的になったりするため、両者を区別するためには専門的な診断が必要となります。
以下、認知症と高齢発症のてんかんの鑑別を中心に、高齢者のてんかんの特徴について解説します。

てんかんの年齢別発症率 (Hauser WA, 1977)


認知症とてんかんの類似点と相違点
認知症とてんかんは、一見きわめて類似しています。
その理由は、両者とも物忘れが強くなるからです。
この場合の物忘れは、最近の出来事を忘れる短期記憶の障害が特徴です。
はるか昔の若い頃の出来事は、明瞭に記憶していることは珍しくありません。
認知症で物忘れが起きるのは理解できると思いますが、てんかんでどうして物忘れが起きるのでしょうか。
その理由は、高齢者のてんかんの大部分が側頭葉てんかんと呼ばれる部類に属するからです。
側頭葉てんかんは、特徴的な発作以外に、短期記憶の障害を伴います。そのために、てんかんが発症すると物覚えが極端に低下することから、認知症と間違えられるわけです。
もう一つの側頭葉てんかんの特徴は、感情が不安定になり、しばしば身近の人に攻撃的態度をとります。この情動の障害も、認知症の辺縁症状でしばしば見られます。
つまり、物忘れが強くなり怒りっぽくなる点において、認知症とてんかんは区別が出来ないのです。
では、認知症とてんかんはどこが異なっているのでしょうか。
てんかんの場合は、当然てんかん発作を伴います。
側頭葉てんかんの発作は、複雑部分発作と呼ばれ、動作が停止し、一点を凝視します。この間、口をペチャペチャさせたり、手をモゾモゾさせたり、あるいは徘徊などの自動症と呼ばれる行動を伴います。
この発作は1-2分くらい継続し、本人がこの間の内容を全く記憶していないのが特徴です。
発作の起きる前に、気持ちが悪い、めまいがする、昔の景色が頭に浮かぶなどの前兆を伴うこともあります。この場合は、前兆を記憶していることから発作があったことを自覚できます。
しかし、半数以上では前兆がないので、発作があったことが自覚できません。このことが診断を大変困難にします。
もう一つのタイプの発作として、時間や場所の感覚が分からなくなる発作もあります。
突然、現実感を喪失したり、今自分はどこにいるのだろうと夢の中のような状態になります。もっとひどくなると、数時間から半日、時には丸一日の記憶が全くなくなる場合もあります。
以上のような発作が確認できれば、てんかんの可能性が高くなります。
一方、認知症の場合は、単に記憶の障害だけでなく、脳全般の機能が低下していきます。
人間にとって最も高級機能である「状況を判断して、今後の方針や対策を練る」ことが出来なくなります。 これは、主に前頭葉で営まれる機能で、側頭葉てんかんでは障害されることはありません。簡単に言えば、記憶力がかなり低下しても、日常生活での判断力がきちんと働いていれば、認知症の可能性は低いでしょう。
家庭の主婦で言えば、いつもどおり買い物に行ってきて、食事の支度が出来れば、夫からなんと言われようと、まず認知症は心配しないでよいでしょう。

MRIと脳波
脳の検査というと、MRIがまず頭に浮かぶと思います。MRIで異常がなかったから心配ないと判断する方がたくさんおられます。 しかし、この考え方は基本的に間違っています。
MRIは異常が見つかれば診断価値はありますが、MRIが正常だからといって、なんの保証にもなりません。側頭葉てんかんでは、MRIが正常の方がむしろ普通だからです。
もちろん高齢者の場合、小さな脳の梗塞巣などが見つかるのは珍しくありませんが、それは普通の高齢者でもよく見られる所見なのです。
認知症であればMRIやCTスキャンで脳萎縮が見られる場合もありますが、脳萎縮があっても全く認知症と無関係の人もいます。
したがって、MRIを検査することは脳腫瘍などの病変を発見するのには有用ですが、てんかんと認知症の鑑別にはほとんど役に立ちません。
てんかんの診断には、脳波が最も有効な検査です。
しかし、実情は、私のクリニックに来られるてんかん患者さんの多くは、他の病院で脳波は正常と診断されている方が少なくありません。
この理由は、脳波によるてんかんの診断で、側頭葉てんかんの正確な診断はきわめて難しいことに起因します。
おそらく、てんかん学会の専門医レベルの経験がないと、脳波で側頭葉てんかんを診断するのは困難でしょう。
したがって、認知症とてんかんを区別するためには、MRI検査だけではほとんど不充分で、てんかんの専門医に症状を細かく述べ、脳波の検査を受けることが不可欠と言えます。


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文責 清水弘之 (日本てんかん学会専門医・指導医)


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