MSTは英語のmultiple(多数)、subpial(軟膜下)、transection(横断)の略語である。
大脳皮質はくも膜と軟膜に覆われている。
大脳の血管は軟膜の上にあるので、軟膜の下で大脳皮質を切断すれば、主要な血管を損傷しないですむ。
MSTは特別にデザインされたフックを使って、大脳皮質を4 mm の深さ、5 mm の間隔で切断する。
日本語では軟膜下皮質多切術と訳されている。
この操作により、てんかん発作が抑制され、しかも切断された大脳皮質の機能は温存されるのである。
この夢のようなテクニックは、米国の神経内科医モレル博士により考案されたもので、その原理は以下の二つの科学的根拠に基づいている。
大脳皮質に存在するてんかん焦点がてんかん発作を起こすには、最低5 mm 以上の脳組織の幅が必要なことが実験的に示されている。
従って、大脳皮質を5 mm 間隔で寸断すれば、この切断面が山火事を防ぐ防火帯のような役割を果たし、てんかん発作が発生するのを予防できる。
大脳皮質の一つの高まりを脳回と呼ぶ。
脳回には細胞間を連絡する水平線維と神経細胞から他の部位へと連絡する垂直方向の下降線維がある。
不思議なことに、サルを使った生理学的実験で、水平方向の線維をかなり細かく寸断しても、垂直方向の線維が保たれていれば、大脳機能が温存されることが証明されている。
この事実を発見したのは、ノーベル賞を受賞した米国の生理学者スペリーである。
以上の二つの原理に基づいて、MSTのテクニックが開発された。
モレルが最初にこの手技を学会に報告したのは1969年であるが、慎重に臨床的検証を重ね、この方法がてんかん発作に有効であること、
大脳機能が温存されること、発作を抑制する効果が永続することを20年の長期にわたって確認した。従って、初めて医学論文として発表されたのは、実に学会発表から20年後の1989年のことであった。
私が最初にこの論文を読んだ時、この画期的手術方法の出現に感動すると共に、慎重で謙虚なモレルの科学者としての態度に、深い感銘を覚えたものである。
大脳には、運動野や言語野など、切除すると後遺症が出現する場所がかなり広い範囲を占めている。
特に、言語の優位半球である左半球では、言語に関連する領域が広い範囲を占めており、安全に切除できる範囲はきわめて狭い。
従来は、てんかん焦点の部位が診断できても手術が不可能なことが多かったが、MSTの出現により、運動野でも言語野でも手術が可能になった。
前頭葉てんかんなどでは、てんかん焦点が播種性に広範囲に分散していることが多い。
この範囲を全部切除すれば、前頭葉の機能が失われ、性格変化、知能低下、記銘力低下などの重大な後遺症が出現する。
このような広範囲にわたるてんかん焦点に対してもMSTはきわめて有効である。
前頭葉てんかんでは、底面や内側深部などの安全に切除できる部位のみを切除し、表面の大脳新皮質の焦点に対してはMSTを加えることにより、広範囲のてんかん焦点に対しても、安全に手術ができるようになった。
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