治療法の選択

 てんかんの治療は、抗てんかん薬による治療が基本です。
しかし、約3割の患者さんは抗てんかん薬により発作がコントロールされません。
発作の種類によっては、放置すると身体に危険を及ぼしたり、社会生活の適応が困難になるなどの問題が生じます。
以下、外科的治療を検討するのが望ましい場合を掲げてみました。

  1. 発作が止まらない
  2.  てんかんの外科的治療を考える最大の理由は、抗てんかん薬で発作が止まらない時です。
    このような場合、まず第一に考えてみることは、適切な薬物治療が行われているかを検討することです。  
     薬を飲んでいても発作が止まらない場合でも、発作が起きるのは必ず薬を飲み忘れたとき、つまり怠薬の場合に限っている人も少なくありません。
    このような例では、まず薬を規則正しく服薬するのが先決であって、手術を考慮するのはその後の話になります。  
     次に、飲んでいる抗てんかん薬の量が適切であるかどうかという問題があります。
    通常の風邪薬や消炎鎮痛剤などは一日一錠、一日三回とか比較的機械的に決められていることが多いですが、抗てんかん薬の場合は、個人個人に応じたきめの細かい調整が必要となります。  
    服薬している薬の量が適正であるか否かを判断するためには、抗てんかん薬の血中濃度を測定します。
    血中濃度については幾つか重要な点を抑えておく必要があります。  
     まず第一に、薬の飲んだ時間と採血の時間です。
    前の晩に服薬して、次の朝の薬を飲む前に採血したのと、朝の薬を飲んでから2-3時間して採血したのでは、血中濃度に大きな差がでてきます。  
    明け方に発作の起きやすい人の場合は、血中濃度が最低になっている朝の服薬前の濃度を測定する必要があります。
    一般的に、大まかな血中濃度の測定をする場合は、朝服薬して外来で3-4時間後に測定するので十分でしょう。  
     抗てんかん薬の投与は、てんかん治療に経験のある専門医により、最低一年間はじっくりと検討してみる必要があるでしょう。
    それでも発作が抑制されない場合は、難治てんかんとして外科的治療の可能性を考慮すべきかと思います。  
    もちろん、これは成人の場合の話で、脳が発達過程にある乳幼児では、難治てんかんを一年も放置すると、脳に大きな障害を被る場合があり、より迅速な対応が望まれる場合もあります。

  3. 発作のため生活が障害される
  4.  自分の発作が本当に生活の障害になっているかを検討する必要があります。
    たとえば、夜間だけまれにけいれん発作があっても、その発作の程度が軽ければそれほどむきになって止める必要はないと思われます。
    げんに、2002年に改訂された運転免許の欠落事項の項目にも、夜間の発作のみであれば、運転免許の取得は可能となっています。  
     ほんの数秒だけ意識が途絶えるような欠神発作があります。
    たとえば食事中に動作が一瞬とまったり、時にはお箸を落としたりします。  
    このような発作が、工場で作業している人にあれば、一瞬のすきに大きな事故につながる可能性があります。
    しかし、家庭での生活が主体の主婦の場合は、発作による危険性はほとんどないと言えます。  
     このように、てんかん発作は何が何でも止めてしまわないといけないというものではありません。
    乳幼児期のてんかん発作が脳の発達に支障をきたす場合を除いては、発作が社会生活の障害になるか、放置すると身体に危険であるかなどの判断基準が、発作に対する治療法を検討する場合に重要なポイントとなります。

  5. 発作が身体に危険
  6.  危険な発作には幾つかのタイプがあります。
    比較的無視されやすくて、実はきわめ危険性が高いのが側頭葉から始まる複雑部分発作です。
    この発作の最中は、外界からの刺激が完全に遮断されてしまうので、熱くなったアイロンをさわっても、ガスコンロの上に手が行っても自覚がありません。
    そのために、発作中に大やけどをすることも珍しくありません。  
     発作の時間は1分から数分程度で比較的短いのですが、入浴中に発作があれば、このくらいの時間で溺れてしまう危険性も多分にあるわけです。
    複雑部分発作は、発作中の記憶がないために、発作に対する患者さんの自覚がきわめて希薄であるのが特徴です。
    従って、本人は発作の程度を過小評価して、発作の危険性を軽視しがちなので、注意が必要です。  
     転倒発作は脳梁離断術という手術によりほとんどの場合止めることができるます。
    従って、放置することなく早期に手術を受けるのが望ましいと思われます。
    また、幼児期や学童期にこの発作が始まると、精神運動面での発達が遅れ、時には言語機能が後退したり、歩行が不安定になったりなどの、発達の後退現象が出現することがあります。
    小児期の転倒発作は、薬剤で発作が抑制されない場合は、比較的早期に手術が必要と考えて下さい。  
     全身けいれん発作の中には、回数が少なくても、一回の発作がきわめて重篤なタイプがあります。
    発作の程度がひどく、酸素不足から顔面は紫色のチアノーゼとなり、発作時間も長いような場合です。
    時には、発作がなかなか止まらなかったり、一回の発作から完全に回復しないうちに次の発作が始まったりするてんかん重積状態になることもあります。
    このような重症な発作は、脳の酸素不足から、発作後に記憶障害などの後遺症を残すことがあります。
    抗てんかん薬をきちんと服用していても重篤な発作が時々ある場合は、時機を失しないように外科的治療を検討する必要があります。
    たとえ手術により完全に発作を止めることができなくても、発作の程度を軽くすることは多くの場合可能です。

  7. 薬か手術か

  8.  通常、薬で発作がコントロールされている場合は、外科的治療の対象になりません。
    しかし、以下のような例外的な状況もあります。  
     まず第一は、確かに薬を服用していれば何とか発作は押さえ込まれているが、薬の服用量が多く、患者さんに眠気、ふらつきなどの中毒症状がでている場合です。
    中毒症状が出現しない程度に薬を減量すると発作が起き、しかも検査でてんかん焦点がはっきりしており、手術で発作が消失する可能性が高い場合は、大量の抗てんかん薬を継続するよりは手術を選択する方が賢明でしょう。  
     次に、女性の場合は抗てんかん薬と妊娠の問題があります。
    一般的には一種類の薬のみを服用している単剤治療の場合は、妊娠前から葉酸などを服用すれば、胎児の催奇性をかなり減じることができ、比較的安全に出産を計画することが可能です。
    しかし、服用している抗てんかん薬の種類が、二剤、三剤と増えるにつれて、胎児の催奇性の出現率も急激に高くなります。
    このような場合、外科的治療で発作が消失する可能性が高い場合は、手術は当然考えられる選択肢となります。  
     三番目に、運転免許の問題があります。  
    法律の改正により、二年間発作がなければ、医師の診断書があれば運転が可能となりました。  
    職業上、どうしても車を運転する必用があるにもかかわらず、てんかん発作が薬でコントロールされない場合は、外科的治療の可能性の有無について、専門医の検査を受けると良いかもしれません。  
     四番目に、MRIでてんかん焦点となっている病巣がはっきりしている場合です。  
    たとえば、一側の海馬硬化症がMRIで明瞭な場合、先天性の腫瘍や血管腫がてんかん発作の原因となっている場合などです。  
    このような病巣がはっきりした症候性てんかんの場合は、手術により発作が完全に消失し、抗てんかん薬から解放される可能性も大いに期待できます。
    生涯にわたって服薬を続けるか、外科的治療を選択するかは、患者さん自身の判断で決定する必要があります。


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