薬物治療

てんかんの治療は、てんかん専門医による薬物治療が第一です。手術により、てんかんから解放されたいと思われる方も多いかも知れません。
しかし、てんかん治療の基本は、まず薬物療法から始めることです。
専門家による適切な薬物療法にもかかわらず、てんかん発作がコントロールできない場合に、はじめて外科的治療を考慮すべきです。
成人の場合は、てんかん発作を止めるのが主たる目的となります。
しかし、小児の場合は、てんかん波が大脳に与える悪影響を考慮する必用があります。
小児の場合は、難治全般てんかんや広範囲の脳波異常により大脳機能が障害される危険性があるのです。
反復する発作を長期間放置するのは、取り返しの着かない後遺症につながることをしっかり認識しておく必用があります。 要は、薬物療法でも手術でも構わないのです。
とにかく、脳に有害なてんかん波を阻止するのが最終目的です。その目的が薬で果たせない場合には、時機を逸せずに手術療法を検討する必要があります。
抗てんかん薬はたくさんの種類があり、適切な薬剤の選択、服薬量、飲む時間帯などにより、その効果が大きく左右されることがあります。
以下、抗てんかん薬にまつわる重要な問題について述べてみましょう。

1.抗てんかん薬はいつ始めるか
てんかん発作が一回だけの場合、すぐに抗てんかん薬の服用を開始すべきか否かは微妙な問題です。
なかには、一生に一度だけしか発作を起こさない人もいるからです。
極端な睡眠不足が続き、精神的なストレスが頂点に達したような状況で初めて発作が起きたら、これからの生活態度を規則正しくし、二回目の発作が起きるまでは薬の服用は見合わせもよいでしょう。
また、一度だけの発作でも、MRI検査により明確な病巣が映し出される場合があります。病巣の種類によっては、すぐに外科的治療が必要な場合もあります。
一般的に、MRI上に病巣が証明された場合は、てんかん発作が反復する可能性が高いので、すぐに手術が必要でない場合でも、やはり抗てんかん薬を開始すべきでしょう。
薬の服薬で発作が止まらない場合や、発作の抑制に大量の抗てんかん薬を必要とする場合は、外科的治療により発作の改善、消失を計る方が賢明かと思います。
いずれにせよ、抗てんかん薬は一度開始したら、規則的に毎日服用する必要があります。
したがって、服薬開始に当たっては医師とよく話し合い、服薬の必要性を十分納得することが大切です。
服薬の必要性を理解しないまま薬を飲みはじめ、不規則な服薬を続けるのは一番危険な態度であることを肝に銘じおいてください。

2.薬の種類
抗てんかん薬にはいろんな種類があります。現在、抗てんかん薬として認可されているものだけで10種類以上あります。
また、日本では認可されていないが、外国で使用されている新しい世代の抗てんかん薬が数種類あります。
今後、これらが徐々に日本の市場に導入されてくれば、さらに抗てんかん薬の種類は増加することでしょう。
抗てんかん薬は発作型によって使い分けたり、二剤、三剤を組み合わせたりします。たとえば、成人の難治てんかんの代表である複雑部分発作にはカルバマゼピン(テグレトール)、フェニトイン(アレビアチン、ヒダントール)、ゾニサミド(エクセグラン)などが最初に試みられ、効果が乏しい場合はクロナゼパム(リボトリール)、クロバザム(マイスタン)、トピラマート(トピナ)、ラモトリジン(ラミクタール)、レベチラセタム(イーケプラ)、ガバペン(ガバペンチン)、プリミドン(プリミドン)、アセタゾラミド(ダイアモックス)などが試みられます。
全身けいれんの場合は、第一選択として、バルプロ酸、フェノバルビタールなどが使用され、必要に応じて、フェニトイン、カルバマゼピン、ゾニサミド、クロナゼパム、クロバザムなどが追加されます。
最近では、新しい抗てんかん薬としてガバペンチン、トピラマート、ラモトリジン、レベチラセタムなども加わり、抗てんかん薬の選択の余地がさらに広がってきました。
2016年に入って、ペランパネル(フィコンパ)、ラコサミド(ビムパット)などの新薬が導入されました。
2017年に入って、フィコンパは6月から、ピムパットは9月から2週間の投与制限がなくなり、ようやく日本も抗てんかん薬の後進国から、脱する状況になってきました。

抗てんかん薬の服用に際して重要なことは、自分の飲んでいる薬の名前と服用量を正確に記録しておくことです。
てんかんの専門医であれば、定期的に抗てんかん薬の血中濃度を検査しますので、その値もきちんと記録しておきましょう。
このようにして、現在自分がどのような種類の薬をどれだけの量服用しており、血中濃度がどの程度までに達しているかを知っておくことは、てんかんの薬物療法を受ける場合の基本的姿勢です。

3.薬の飲み方
抗てんかん薬の服用で大切なことは以下の三つです。
 ・薬の種類
 ・薬を服用する時間
 ・薬の血中濃度
抗てんかん薬による治療は、原則は一種類の治療(単剤治療)で開始し、発作が止まらないようでしたら、中毒症状の出る直前まで増量して効果を判定するのが原則です。
薬の効果を判定するには、患者さん自身が薬を指示にしたがって規則正しく服用していることが前提となります。
薬の飲み方が不規則であったり、薬の飲み忘れ(怠薬)があると、薬の効果を判定するのが困難になり、必要以上に多量の薬が処方される結果になってしまいます。
単剤治療で発作が抑制されないときは、薬の種類を変更するか、さらに別の薬を追加して複数の薬による治療(多剤治療)にするかを医師が決定します。
薬の中には効果が長時間持続するタイプと、比較的短時間のものがあります。
薬剤の作用時間が短い場合は、一日に3-4回に分けて服用するのが原則です。
薬剤の作用時間が長時間の場合は、一日2回、場合によっては一日1回の服用で十分なこともあります。
薬の服用開始に当たっては、薬の作用時間を医師に確認しておくことが大切です。
薬は規則正しく飲むのが原則ですが、発作が常に決まった時間に起きる場合は、発作の起きる時間帯に薬の血中濃度が最大となるように工夫する必要があります。
一日の時間帯だけでなく、女性の場合は生理に関連して発作が起きることも珍しくありません。
生理前の発作が一番多いですが、中には生理中や生理後に発作の増える方もいます。
生理が規則正しく訪れる患者さんの場合は、生理に関連する発作に有効なアセタゾラミドをこの期間だけ服用したり、服用量を増量したりして対処する方法もあります。
抗てんかん薬の場合、血中濃度の測定がきわめて重要です。
血中濃度については二つのことを知っておく必要があります。
一つは、服用している薬が基準値の範囲に入っているから、服薬量が適切あると判断するのは必ずしも正しくありません。
たとえばバルプロ酸の場合を例に考えてみましょう。
基準値は50-100μg/mlとなっています。
あなたがバルプロ酸を服用していて、血中濃度が60μg/mlであったとします。 それでも発作が完全にコントロールされていない場合、薬が基準値に達しているのに発作が止まらないから、自分の発作に対してバルプロ酸は無効であると判断するのは早急過ぎるのです。
服用量を増やして、血中濃度を85まで上昇させたら発作が止まるということも珍しくないのです。 基準値の最高限度まで濃度を上げて初めて発作が抑制されることもあります。
このように基準値とはあくまでも治療の目安であって、通常はこの範囲の濃度で治療されるのが一般的ですよ、という程度の意味しかありません。
抗てんかん薬の基準値はコレステロールなどの正常値とは、基本的に解釈が異なることを理解する必要があります。
抗てんかん薬の量が増えると、有効量から中毒量に移行します。薬の中毒症状としては、通常、眠気、ふらつき、複視(目の焦点が合わなかったり、物が二つに見えたりする)などが出現します。
このような場合、すぐに血中濃度を測定して、薬の服用量が適切であるかどうかを判定する必要があります。中毒量に達している薬を漫然と服用していると、症状がいよいよ強くなりますので危険です。
もし、薬を飲み始めたばかりで薬の中毒症状に似た症状が出現した場合は、これはむしろ体質的に薬が合わないのであって、早急に服薬を中止する方が安全です。

4.薬は止められるか
抗てんかん薬の服用を開始した患者さんが、最も気にかかるのは、一体いつまで薬を飲み続けなければならいなのか、という疑問です。
この疑問に答えるためには、たくさんのことを考慮に入れる必要があります。
 ・発作が最初に起きた年齢
 ・これまでにあった発作の回数
 ・発作の原因(不明な場合もあるし、脳炎や髄膜炎などと明確な場合もあります)
 ・MRI所見
 ・脳波所見
 ・ライフスタイル(ストレスが多く、睡眠不足がちな時に薬を止めるのは危険です)
 ・リスク(発作再燃で、職を失う危険性がある時は、できる限り慎重に判断する)
などを総合的に加味して、判断する必要があります。
だだ、基本的知識として、しっかり頭に入れておいていただきたいのは、「抗てんかん薬には、てんかん焦点を消滅させる効果はない」ということです。

薬は、あくまで発作を抑えているだけで、いわば対症療法なのです
したがって、ある期間服薬して発作が消失した場合は、これは自然の経過であって、薬の力で発作焦点が消えたわけではないのです。
小児期に発病した発作頻度の少ない軽症てんかんでは、思春期くらいにまでに自然に治ることが少なくありません。
その代表例が、小児期に発病する純粋欠神発作です。
脳波上、3Hzの左右対称性、律動性の棘徐波が見られます。
エトスクシミドが奏功し、多くは思春期くらいまでに自然治癒します。
それ以外にも、中心・側頭部に焦点を持つ良性小児てんかん、後頭部に突発波を持つ小児てんかんなども、予後の良い自然治癒の可能性の高いてんかんとして知られています。
思春期や成人になって発病したてんかんで、比較的発作頻度の高いタイプは、すでに脳の発達が完成した後ですから、自然治癒の可能性は低くなります。特に、いろんな薬を試みてやっと発作が停止した場合は、将来的に薬が中止できる可能性はきわめて低いと考えるべきです。
また、MRIなどで、脳に瘢痕、石灰化、海馬硬化症、血管腫、良性腫瘍などの病気がある場合は、一般的に薬を完全に中止するのは困難です。
このような説明を受けると、「それでは一生薬から離れられないのですか」と、絶望的な声を発する患者さんもいます。しかし、ものは考えようなのです。
多くの神経の病気は、特効薬がないのが現状で、徐々に神経組織が荒廃し、最後は寝たきりになる病気も少なくありません。
薬をきちんと飲んで発作を押さえることができれば、てんかんの病気を持っていても、社会の第一線で活躍されている方も少なくありません。
また、薬で発作がコントロールされていれば、寿命も他の人と比べて短くなることもないのです。つまり、てんかんという病気は薬で最大の恩恵を受けることのできる神経疾患とも考えられるわけです。

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