漢方とてんかん治療


 てんかんを漢方で治療したいと思われる方は沢山いらっしゃると思います。
漢方薬は西洋薬と比較すると、薬疹、肝機能障害などの副作用が圧倒的に少なく、何となく安心感があります。
私のクリニックに訪れる患者さんの多くが、「てんかんは漢方で治療できないのですか?」、とよく質問されます。
その答えはなかなか難しく、「イエス」の部分もあり「ノー」の部分もあります。
現実に、私の患者さんの中には漢方薬のみでてんかんを治療されている方もいらっしゃいます。
しかし、その人数は限られたごく少数の方です。
その一方、てんかん患者さんで漢方薬を併用されている方は非常に沢山いらっしゃいます。
これはどういうことなのでしょうか。
以下、てんかん治療に漢方がどの程度役立っているのかを、私の臨床現場に基づいて報告します。


漢方によるてんかんの治療

 てんかんの治療に用いられる漢方薬は沢山あります。
古来から知られてる薬としては、抑肝散(ツムラ54番、以下TJ-54)、抑肝散加陳皮半夏(TJ-83)、甘麦大棗湯(TJ-72)、
柴胡加竜骨牡蛎湯(TJ-12)、柴胡桂枝湯(TJ-10)などがあげられます。
てんかんの漢方処方として最も有名なのが「相見処方」です。
これは、戦前から戦後にかけて活躍された漢方の大家、相見三郎先生が考案された処方です。
小柴胡湯(TJ-9)と桂枝加芍薬湯(TJ-60)の合方(二つの方剤を合わせて用いること)からなっています。
この理論的背景は相見三郎先生の書かれた「漢方の心身医学」(創元社)に詳しく述べられています。
その中から、漢方治療の効果について記載された部分を抜粋すると、「私が取り扱ったてんかんの治験例-------
92症例のうち全治と認められたのは55例で、そのうち治療開始後3ヶ月以内で治癒したものが5例、6ヶ月以内が8例、
1年以内11例、1年以上〜2年以内が11例、2年以上3年以内が13例、3年以上を要したものは7例であった」
となっており、約60%で発作が治癒したと述べられている。
果たして、どのような種類の発作型に対して、これほどの劇的な効果が認められたのか詳らかではないが、
驚異的数字といえるだろう。
私自身、この相見処方についての記載があまりに印象的であったので、外来で薬物治療に難渋していた症例に
次から次に相見処方を試みてみましたが、明らかに発作が改善した例は皆無でした。
西洋薬の多剤で抑制できない症例は、相見処方で効果のなかった40%に相当していたのかもしれません。
しかし、漢方が非常に有効な例が存在するのも事実です。
以下、漢方治療を行ったてんかんの症例を提示します。

(症例 32歳女性)
15歳にてんかん発作を発症。症状は急に激しい吐き気に襲われたり、目の前の景色が非常に懐かしく感じられる
デジャブュー(既視感)などが主体で、意識を失う発作はありませんでした。
数年経過を見ていましたが、次第に症状が悪化し日常生活にも支障を感じるようになりました。
やむなく27歳頃から抗てんかん薬の服用を開始しましたが、どの薬にも薬疹などのアレルギー発作を示し、
西洋薬での治療が困難でした。
それが理由で、漢方治療を求めて私のクリニックに来院されました。
脳波検査を施行すると左側頭葉てんかんの診断でした。
そこで相見処方に抑肝散を加えて投薬を開始しました。
その結果、現在まで5年間、全くてんかん発作の症状がないまま経過しています。
比較的てんかん発作の症状が軽かったのも理由かもしれませんが、私が使用した漢方の著効例にあげられます。

(症例 88歳男性)
2-3年前からイライラが強くきわめて怒りっぽくなった。
また、物忘れがひどい。ときどき、動作が停止して、一点を凝視することがある、などの症状で来院されました。
物忘れと怒りっぽいのは認知症に類似していますが、動作が止まり一点を凝視する発作は、明らかに側頭葉てんかんを
思わせる症状です。
脳波検査を施行しますと、案の定、左側頭葉に明確なてんかん波を認めました。
この患者さんには、抑肝散加陳皮半夏と甘麦大棗湯を処方しました。
服薬を開始してから1年が経過しますが、発作は完全に消失しています。
イライラや怒りっぽさも完全になくなりました。外来に来られても、まさに好々爺然として、優しそうなお爺さんになりました。
一般に高齢発症のてんかん発作は、少量の薬剤で発作が抑制されることが多いので、漢方治療が適していたのかもしれません。

以上の二つの症例は、てんかん治療において漢方が有効な場合を典型的に示しているように感じます。
1) 一つは、発作症状が比較的マイルドで、西洋薬にアレルギー反応を示す場合。
2) 高齢発症のてんかん。

最近、65歳以上の高齢発症のてんかん患者さんが急速に増加しています。
高齢発症のてんかんは少量の薬剤でよく反応しますので、漢方治療に向いているといえるかもしれません。
とくに、高齢者のてんかんの大部分は側頭葉てんかんで、イライラ、怒りっぽいなどの感情変化を伴うことが少なくありません。
抑肝散や抑肝散加陳皮半夏はこのような感情を改善するのにきわめて有効で、認知症のBPSD(認知症の行動・心理症状)にみられる
暴行、暴言のコントロールにも推奨されている漢方薬です。
現在、私の見ているてんかん患者さんの多くが漢方薬と西洋薬を併用しています。
その理由は、以下に述べるように、側頭葉てんかんなどに伴いやすい不安定な感情を安定させるのにきわめて有効だからです。

感情の安定に有効な漢方

側頭葉てんかんの患者さんが情動が不安定で、日によっていらいらが強いときと安定しているときと、極端に差があるのはよく知られています。
もちろん、これは側頭葉てんかんの患者さんすべてに見られるわけではありませんが、だいたい半数程度において、大なり小なりこのような症状がみられます。
このような情動不安定に対して、実は漢方薬が非常に有効なのです。
最もよく使用されるのが抑肝散または抑肝散加陳皮半夏です。
両者はほとんど同じ作用ですが、抑肝散加陳皮半夏の方が胃に優しいので、私はこちらの方を愛用しています。
抑肝散(以下、抑肝散加陳皮半夏も含む)を1日に2〜3包服用すると、イライラがかなりおさまります。
抑肝散だけで効果が不十分なときは甘麦大棗湯(TJ-72)を併用します。
それ以外にも、興奮を静める漢方薬として柴胡加竜骨牡蛎湯(TJ-12)などあります。
女性で、生理の時にイライラが強くなる場合は、加味逍遙散(TJ-24)が効果的です。
もちろん、西洋薬にも興奮を静める薬はいろいろとありますが、概して眠くなるのが欠点です。
それでなくても、抗てんかん薬の副作用で眠気がある方が多いので、さらに眠気を増強する薬は、可能なら避けたいものです。

漢方薬のその他の効用

抗てんかん薬の副作用といえば、薬剤性の肝機能障害がまずあげられます。
肝機能障害が高度な場合は、薬剤を変更する必要があります。
しかし、中には軽度の異常で、かつ抗てんかん薬が非常に患者さんに有効な場合は、何とか薬でしのぎたくなります。
このような場合、きわめて有効なのがウルソです。
ウルソというと、なんだ西洋薬ではないかと思われる方が多いかもしれませんが、実はこの薬は漢方由来なのです。
熊胆(ゆうたん)という、昔から珍重されてきた漢方の主成分ウルソデオキシコール酸から作られているのです。
肝機能障害に対する漢方薬としては、小柴胡湯が有名ですが、誰に対しても小柴胡湯(TJ-9)が使用できるわけではありません。
小柴胡湯はあまり体力の低下している人には向いていません。
漢方の証でいえば、実証と虚証の間くらい、つまり中間証くらいの体力が目安です。
体力が低下している人には、柴胡桂枝乾姜湯(TJ-11)、補中益気湯(TJ-41)などを使用します。
逆に実証の人には、大柴胡湯(TJ-8)などの方が向いています。
抗てんかん薬の副作用の一つとして、便秘はかなりの頻度で見られます。
西洋の下剤は効果が急に来て、あまり使い勝手がよくない場合があります。
これに対して、漢方の緩下剤はマイルドに作用しますので、安心して使用することができます。
最もポピュラーな漢方の緩下剤は大黄甘草湯です(TJ-84)。
これを単独で使用しても有効ですが、どういうわけかカマ(酸化マグネシウム)との相性が非常によく、これと併せて使用するのがお勧めです。
カマは胃薬としても使用されますが、下剤として使用するには2.0gくらいが目安です。
錠剤として、酸化マグネシウムという製品があり、200,250,300,330,400,500mg と多種類の用量が揃っています。
眠前に酸化マグネシウム500mgと大黄甘草湯を1回飲む方法もありますし、便秘の強い方は酸化マグネシウム1000mgと大黄甘草湯を2-3包、分けて飲むやり方もあります。
便秘が軽い場合は、桂枝加芍薬大黄湯(TJ-134)、便が硬くて水気が乏しい場合は潤腸湯(TJ-51)など、漢方の下剤は多種類ありますので、
症状に合わせていろいろと選択が可能です。
抗てんかん薬を服用していると抹消の循環が悪くなるのか、手足の冷えを訴える方が少なくありません。
冷えという症状を西洋薬で治すのは大変難しく、ユベラなどの末梢循環改善剤程度しかありませんが、あまり効果は期待できません。
漢方には、冷えに用いられる薬がいくつかあります。
代表的なのが当帰四逆加呉茱萸生姜湯(TJ-38)です。
当然このような訴えを持つ方は体質虚弱で、女性では生理不順を伴うこともあります。
冷えが比較的軽い場合は、虚弱体質の女性に頻用される当帰芍薬散(TJ-23)なども有効です。
同じ冷えでも、腰部、下肢などの下半身の冷えが強い方には、苓姜朮甘湯(TJ-118)が適応となります。

文責   てんかん学会専門医・指導医 清水弘之

 

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